(6)
「下のレストランに食事に行く前に、風呂に入れってメーテルが言ったんだ。それで入ろうと風呂桶ん中のぞきこんだら、風呂の水がなんか、どぎつい青色しててさ。すごい臭いがするんだ」
「ジャスミンのエッセンシャルオイルとバスキューブよ!」
顔をしかめていきさつを語る鉄郎にメーテルが反論する。
「それで、なんか風呂ん中入れたろ、って訊いたら、ストレス発散には、綺麗な色したお花の香りのお風呂にゆっくり浸かってリラックスするのが一番よ、なんて偉そうに言うんだ」
「なるほど。香りのいいお風呂に入るのは気持ちがいいものね」
頷くエメラルダスに、そうよねー?とメーテルが賛同を促す。
「お風呂は楽しいリラックスタイムよ。お花やフルーツの素敵な香りに包まれて、綺麗なお湯の色とシャボンやバラの花びらや、バブルジェットとかイベントを楽しみながらお風呂に入れるなんて、最高の気分じゃない?」
熱心に訴えるメーテル。
だが、鉄郎を見つめる眼差しは酔いが回っているせいか、どこか虚ろだ。
「まあ、貴女は昔からお風呂に入るのが何より好きだったしね・・」
ねー、とばかりに仲良く頷きあう双子の姉妹を鉄郎はやれやれとばかりに見つめた。
こういうときは息が良く合いますことで・・・
「そりゃ、君が三度のメシより風呂好きなのも解るし、百歩譲ってみかんのにおいが風呂から漂ってくるのもよしとしよう。だが、一言俺は言いたい。あの花の香り?あれだけは勘弁してくれ!湯船に花びら撒いたり泡突っ込んだりするのも正直俺は好かん!特に今夜のいつも入れてる入浴剤のあの青い色と臭いだけはどうにかしてくれよ!一度どっかでかいだよなあと思ったら、トイレの芳香剤とおんなじ臭いだありゃあ!あれに入るたんびに水洗便所に首まで浸かってる気分だ」
なんてこと言うの!といわんばかりにメーテルは鉄郎をねめつけて言う。
「ジャスミンの香りは疲労回復にいいのよ。鉄郎がいつも根を詰めて勉強しているから、疲れただろうと思ってお風呂に入れるのに・・・・トイレの芳香剤だなんて失礼なこと言うわね!」
「ほんとにおんなじ臭いだから仕方ないだろ!!臭いんだよ!勘弁してくれ!!」
「鉄郎なんか大嫌いよ!!勝手になさい!!」メーテルはまた涙顔になった。
「ほっとけよ!!」
彼女とやりあうのもうんざりしてきた。
もう二人ともいい加減にしなさいと、エメラルダスは止めに入った。
「ほんっとにくだらないことで、よくぞここまで盛り上がることができるわねえ、お二人さん・・・ねえ、鉄郎、ここは私に免じてどうかこらえて入ってくれないかしら?折角メーテルがあなたのためを思って用意したお風呂よ?黙って受け取るのが男ってもんじゃない?・・」
こういうところで男も何もなあ・・と鉄郎は困惑した。が、さっきから泣きじゃくったままのメーテルも気になる。
「メーテル、お風呂のお湯は、まだ張ってあるの?」
優しく問いかけるエメラルダスに、メーテルはこくんと頷いた。
やれやれ、まるで幼稚園児だ・・・・
「行ってきなさい、鉄郎。」エメラルダスの眼差しが次第に熱を帯びる。
「いや、どうしてもあれは・・・」
言いよどむ鉄郎の頭にエメラルダスのカミナリが落ちた。
「トイレの水だろうが芳香剤だろうが構うもんですか!!入りなさいっっ!!!」
暫く後、濃厚なジャスミンの香りに包まれた青く染まった湯船の中に首まで浸かる鉄郎の姿があった。
「・・・ったく、こちらが余計ストレス溜まるよ・・」
青い波を蹴立てて進む黄色いアヒルさんめがけて水鉄砲が命中した。